イノダコーヒでの出逢い〜角田文衛「欧州の四季」

角田文衛先生といえば、私の印象では「平安時代についての碩学」です。その角田先生が第二次世界大戦開戦を挟む3年の歳月をイタリアですごされていたということを、私は知りませんでした。先生は当時26〜29歳。帰国後は徴兵され、戦後シベリア抑留から帰国されて40歳のときにこの本を上梓されました。

私にとってのこの本の面白さは:

  • 鮮烈な記憶によって甦る開戦期のヨーロッパの情景
  • 独特な観察眼
  • 欧州脱出のスリル
  • 意外な人名との遭遇

といったあたりになるでしょうか。

鮮烈な記憶によって甦る開戦期のヨーロッパの情景

描写されている出来事は10年以上前のものであるはずなのに、まるで数時間前のことのように、驚くべき鮮烈さで情景がよみがえります。詳細な記録をとっておられたこととは思いますが、この3年間が先生に如何に強烈な印象を残したか、痛いくらいによくわかります。

日本郵船の鹿島丸からナポリに上陸し、一夜明けての描写です。

昭和14年8月30日の明方、私は、ほのぼのと、明けるナポリ湾頭の風景を見渡しながら、ホテルコンチネントのテラスに立っていた。眼下には、有名なカラチュッラの通りが、湾に沿うて走り、眼前には古めかしい、卵城(Costello dell’Ovo)が海中に屹立し、舟出する漁夫たちの歌声が、朝の空気を通してかすかに聞こえてくる。初めて明かした、欧州の一夜。その一夜をナポリに送って、私は今遥けくも欧州に来たという感じをひとしお深くするとともに、故国に残した家族たちのことが偲ばれてならなかった。

独特な観察眼

随所に言いたい放題というべき観察が記されていて、それが面白い。例えば「欧州の婦人」という章だと、こんな感じです。

一体、西洋人の気象や言語にせよ、または文物にせよ、原始的なものが、そのまま質を変換することなく発展したように見受けられる節が多い。あの大げさな表情にせよ、愛情の表現にせよ、接吻や握手による挨拶法にせよ、写真とか絵とか置物とかをごてごて室内に並べる習慣にせよ、皆そうである。欧米夫人の耳輪、腕輪、首飾り、指輪など、いずれも原始的週間の残存である。日本でも、瑞穂時代までは、夫人は皆、そうした装飾品を身に付けていたのである。

また、彼女たちは、黄金、銀製の装飾品を好むし、宝玉には、目がないといってもよろしい。これなど、未開民族の持つ気持ちと、根底において異なるところは無いのである。

先生、かなり面白い人であったようですね。

欧州脱出のスリル

先生がイタリアに到着したのは、1939年4月。この年の9月にドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まりました。翌年6月にイタリアも参戦し、先生は戦時下の生活を余儀なくされることに。そして1941年12月には太平洋戦争が始まり、帰国の途が閉ざされてしまいました。この状況下でも日ソ中立条約は有効だったので、ソ連を通るルートは生きていました。しかし6月に独ソ戦が始まっていたため、モスクワ経由のシベリア鉄道は使えません。そこで先生が考えついたのは、トルコからトルキスタンを抜けるルート。

具体的には、ローマ→ブタペスト→ブカレスト→ソフィア→イスタンブール→アンカラ→チフリス→バクー→(カスピ海横断)→クラスナヴック→アシハバット→(カラ砂漠横断)→サマルカンド→タシケント→ノヴォシヴィルスク→イルクーツク→チタ→ソ連満州国国境→満州里→ハルビン。この日本人にとって前人未踏の行程を、三人の仲間とともに鉄道を乗り継いで踏破したのです。このルート、今でもかなり大変であると思います。

私はGoogle Map の航空写真でこのルートを俯瞰してみたのですが、なんとも壮大な光景です。NHKあたりでこの脱出行をドラマ化してくれるとよいのですが…

意外な人名との遭遇

角田先生は考古学を学ぶために留学されていたため、登場する人名の多くは考古学者です。当然ながら、私が知らない人がほとんどですが、びっくりしたのはフルトヴェングラー教授と言う名前でした。20世紀を代表する大指揮者であるヴィルヘルム・フルトヴェングラーの父が考古学者であることは知っていましたが、ここに出てくるとは!

スウェーデンを訪問された際に名前が出てくる「小野寺武官」とは、終戦工作で有名な小野寺信陸軍少将のことです。奥様は、戦後ムーミンを翻訳して日本に紹介された方として知られています。

イノダコーヒでの出逢い

実はこの本、現在では入手が困難です。Amazon 経由でもダメ。なぜ私が読むことができたかというと、京都イノダコーヒ本店五番卓の「常連頭」の下前さんから貸していただいたから。下前さんはキャリア62年の超ベテラン理髪師でいらっしゃるのですが、なんと角田先生とお知り合いだったとのこと。そのご縁で先生からいただいたそうです。

ところで表紙カバーの客船は初代のクィーンエリザベス号だと思います。当時、最新鋭の豪華客船でしたが、大西洋航路の船ですので、この本の内容とは無関係だと思うのですが

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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