序章 ファミリービジネスとは、事業承継とは

アウトライン

本論に入るに先立ってのイントロダクションとして、以下の内容をご説明いたします。

第1節 そもそも「ファミリービジネス」とは?

「予告編」では『できる限り抽象的な理論を並べることを避け、事例を紹介しながら具体的に話を進めるつもりです。』と申し上げましたが、さすがに「ファミリービジネス」の定義について一言も触れないわけでにはいきません。とはいえ学術論文ではありませので、さらっと現状をご説明した上で、私が使っている定義をご紹介します。

第2節 「新興型」と「伝統型」

ファミリービジネスは世代を重ねるにつれて変化します。私は創業者から数えて第三世代までを「新興型」、第四世代以降を「伝統型」と区別して考えることにしています。「新興型」と「伝統型」では何が異なるのか、ご説明します。

第3節 「新興型」の中での世代論

「新興型」の中でも、経営者がどの世代に属するかによってファミリービジネスのあり方は異なリます。この点をよく押さえておかないと、事業承継プランニングが不十分になりかねません。それぞれの世代の特性について解説します。

第4節 「新興型」の中での事業承継

ここでは第一世代(創業者)から第二世代への承継と、第二世代から第三世代への承継について、それぞれの難しさについて概観します。

第5節 あるべき事業承継

次世代にバトンを渡しさえすればよいというのは、極言すれば周囲に迷惑な事業承継です。事業の発展を犠牲にした事業承継は、単なる「代替わり」です。あるべき事業承継の姿について、述べさせていただきます。

 

第1節 そもそも「ファミリービジネス」とは?

私が大学を卒業して社会に出たのは1980年代。このころ「ファミリービジネス」は、仮に大企業であったとしても、就職先としては忌避される存在でした。ビジネス誌を開いても、「ファミリービジネス」が取り上げられることは稀で、たまに論じられる際には、「お家騒動」を揶揄しながら、「いかに近代化すべきか」を考察するスタンスが圧倒的多数であったと思います。「ファミリービジネス」は「暗黒大陸」であり、「克服されるべき存在」であったわけです。

この風向きが変わった背景には、俗に言う「失われた10年」があります。

80年代後半から90年代前半にかけて飛ぶ鳥を落とす勢いだった日本の大企業。 しかし2000年あたりから元気をなくしてしまいます。「失われた10年」の始まりです。(いまや、「失われた20年」とさえ言われていますが。)

しかし、逆境にもかかわらず好調を維持した日本企業のなかでは、「ファミリービジネス」の健闘が目立ちました。そこにはなんらかの秘密があるに違いないということで、ポジティブな観点から「ファミリービジネス」へ関心が集まるようになり、 2008年にはファミリービジネス学会が設立されました。

こんなわけで、「ファミリービジネス」研究には2つの大きな流れがあります。

ひとつは成功している「ファミリービジネス」が「普通の企業」とどこが違うのかを分析するというもの。もうひとつは、長く続いている「ファミリービジネス」から、永続の秘訣を抽出しようとするもの。後者はいわゆる「老舗論」として以前から存在していたのですが、この時期に見直されるようになりました。

さて、このように近年「ファミリービジネス」が注目を集めるに至っている一方で、「ファミリービジネス」の定義は、実は確定していません。 この分野の代表的な著作の一つである『日本のファミリービジネス~その永続性を探る』(ファミリービジネス学会編、中央経済社)の序文の注で、編者の奥村昭博先生が『本書においてファミリービジネスの定義は必ずしも一致していない。』と述べておられるくらいです。

類似の概念としては、「同族企業」が存在します。法人税法上の概念で、ざっくり言うと三人以下のファミリーメンバーが議決権の50%以上を所有している企業のことを言います。ただ、[ 同族企業=ファミリービジネス]と考えるのは、世間一般で「ファミリービジネス」と見られている企業に対して、狭すぎるうらみがあります。例えば、数年前に議論を呼んだ出光興産の場合でも、創業家の保有株式は50%には及んでいませんでした。

ではどう考えればよいのでしょうか。学者の方々は当然ながらいろいろな定義を提示されておられるのですが、私としては『ファミリービジネス白書(2018年版)』(白桃書房)の定義がしっくりくるように思いますので、ご紹介します。

「ファミリーが同一時期あるいは異なった時点において役員または株主のうち2名以上を占める企業」

ここでの「株主」には補足説明があり、『所有株主の上位10位以内』とされています。

最大公約数的な定義として評価できるのではないかと思います。実際、データーベースを組んで「ファミリービジネス」のパフォーマンスを測定する上で、ギリギリの外延が示されているのではないでしょうか。

私は学者ではなく実務者ですので、もうちょっとざっくりと捉えています。具体的にはというと、私は後継者選考の際に「ファミリービジネス」であるかどうかということが色濃く現れると考えていますので、次のような定義を用いています。

「後継者選考の際に、ファミリーメンバーが候補に入る企業」

私の定義によれば、あのトヨタも「ファミリービジネス」です。ただし、この定義だと、ヨーロッパ的な「所有すれど統治せず」という形態の「ファミリービジネス」をカバーすることができないという問題が残ります。さはさりながら、私は実務者であり、かつ守備範囲が事業承継ですので、「君臨すれども統治せず」の形態には頭を使わないことにしております。

 

第2節 「新興型」と「伝統型」

「ファミリービジネス」の定義については明らかにしたので、これ以降「」を外します。

予告編で申し上げたとおり、ファミリービジネスの形態は多様で、一括りに論じることは乱暴だと言わざるをえません。 私は時間の経過に従ってファミリービジネスの性格が変化していくという立場から、「新興型」と「伝統型」に分けて考えることにしています。

創業者を第一世代として、その孫にあたる第三世代までの段階にあるファミリービジネスを、私は「新興型」と呼んでいます。第四世代以降を「伝統型」と呼びます。世の中でいう「老舗」の多くは「伝統型」になります。

細かいことですが、三代目=第三世代ではありません。例えば創業者のあとを弟が引き継ぎ、そのあとを創業者の息子が継いだ場合には、三代目ですが、第二世代とします。私は経営を引き継ぐ順番よりも、家系での世代の方が意味があると考えるからです。

さて、なぜ「新興型」と「伝統型」を分けて考える必要があるのでしょうか。 それは、「新興型」には積極的な理由ではなく(言い換えれば成り行きで)ファミリービジネスになっているケースが含まれるからです。

もちろん、創業者から第二世代に承継する段階で、これからずっとファミリービジネスとして繋いでいくと決めている企業もあるでしょう。しかし、それは少数派にとどまるはずです。 第一世代から第二世代への事業承継に際してファミリーメンバー(多くの場合は息子さん)が「継ぐ人」として選ばれるのは、他の候補者だと納まりがつかないという消極的な理由によることも少なくないからです。

第二世代から第三世代への承継の時点でも、ファミリービジネスとして今後続けていく確固たる意思があるかというと、心もとないケースが多いのではないでしょうか。

多くの場合、ファミリービジネスとして続けるか否かの判断を下すのは第三世代の経営者です。そこまでは大なり小なり「成り行き」の要素があります。世間では三代続いていると立派な老舗であるという評価になるかと思いますが、内実は異なるのです。

第三世代から第四世代への承継が、とても重要な通過点です。そこを無事に通過し、意図的にファミリービジネスであることを維持しているのが「伝統型」です。

 

第3節 「新興型」の中での世代論

第一世代から第三世代まで、それぞれに固有のミッションがあると私は考えています。(もちろん一般論であり、個々の会社によって状況が異なるわけですが)

第一世代

第一世代とは、つまりは創業者。そのミッションはビジネスモデルの確立です。引き継ぐに足るだけのビジネスを築き上げないことには、事業承継を論じる意味がありません。

理想論としては、もうひとつ、経営人材の育成をミッションとして付け加えたいところです。しかし、創業経営者にそこまで要求するのはいささか酷で、手足として動く幹部人材を揃えることができれば合格としなければならないでしょう。

第二世代

第二世代のミッションは、二つあります。 ひとつは、第一世代が残した「負の遺産」の清算です。 創業経営者は、得てして直感的であり、かつ意欲的。成功した勢いで本業以外にも進出し、それが不採算部門となっていることが往々にしてあります。会社にとっても重荷となっていても、創業経営者が健在である間は誰も手を出せません。 この「負の遺産」を清算することは、第二世代が承継後にまず手をつけなければいけない仕事となります。「継ぐ人」以外、誰にもできない仕事ですから。

もうひとつは創業者がつくりあげたビジネスモデルのファイン・チューンです。「改革」ではなく「改善」です。第二世代が承継する時点では、創業ビジネスモデルは収益力は低下しつつも、まだまだ「キャッシュ・カウ」であることが多いのです。となると、抜本的な改革には強力なリーダーシップが必要ですが、往々にして第二世代はそこまで思い切ることは難しい。それなりに儲かっている以上、社内も耐えることはできないでしょう。(危機的な経営状況に至っていれば話が別ですが。)

第三世代

第三世代のミッションは三つです。

まずはビジネスモデルの再構築。創業者のビジネスモデルがいかにすぐれていたとしても、第三世代の時点では陳腐化を免れることはできません。ここで必要なのは抜本的改革です。場合によっては新業態への転換まで踏み込まなければならない可能性もあります。事業体として成長を続けられるかどうかの正念場の舵取りを行うのが第三世代です。

二つめは、創業理念の再定義です。ビジネスモデルの再構築と表裏一体と言えます。創業理念とは、創業者が事業をスタートする時点で定めるものだと思われがちですが、実はそういうケースは少数派です。創業者の多くは、とにかくまず始めてしまうのです。ある程度成功し、人材を獲得する必要が生じてきた段階で、創業理念の言語化に着手するのが常です。実はこのタイミングでも遅くはないのです。創業者はその存在自体が「創業理念」そのものなので、創業者が社内を歩き回っている間は、きっちり言語化しなくても足りるからです。

第二世代の間は創業者の残り香があるので、創業者が言語化した理念をほぼそのまま使えます。字句の修正などは必要になるかもしれませんが。

第三世代がビジネスモデルを再構築し、社員の力をそこに結集させるためには、創業理念の本格的な再定義が必要になります。「創業者が目指していたものを現在の環境で考えると、それはこういうことだ!」と示すことにより、社内のベクトルを一本化します。

最後に三つめのミッションは、今後ファミリービジネスとして続けていくのかどうかを決めることです。もし順調に成長を続けることができていたならば、第三世代の経営者を支える社員のほとんどは創業者に会ったことがない世代に属するはずです。そして、いわゆる「生え抜き」の人材も育ち、役員レベルにまで到達していることでしょう。こういう状況を踏まえた上で、自分の子供を第四世代の経営者として育成するのか、あるいは創業家は経営から退き、大株主にとどまるのか。この決断は第三世代の仕事です。

 

第4節 「新興型」の中での事業承継

私はよく事業承継を駅伝に例えます。ただし、箱根駅伝と大きく異なるのは、第一走者(創業者)がいきなり山登りの難コースを走るという点です。とはいえ、第二走者(第二世代)も同じように山登りに挑むのかというと、多くの場合はそうではありません。実際の駅伝において区間の特性によって走者に要求される資質が異なるように、事業承継でもどの世代からどの世代につなぐのかによって、様相は違ってきます。

第一世代(創業者)から第二世代へ

一番難しい事業承継です。その理由は三つあります。

まず、承継のタイミングが遅れがちであること。創業者とは different animal です。自分がいずれは死ぬということを全く想定していないことが多いのです。そこまで行かなくても、内心では死ぬまで経営していたいと思っている場合がほとんどです。あるいは、経営者でなくなった自分の姿を想像できないか。いずれにしても、事業承継のプロセスをスタートさせるのが遅くなってしまうのです。

スタートを遅らせたくせに、せっかちに進捗を求めるのが創業者の常です。譲ると決めた途端に自分に残された時間の短さに気がつき、焦ってしまうのです。結果として「継ぐ人」の時間感覚との間に大きな差が生じてしまい、ゴタゴタします。

二つめは、「継ぐ人」へのハードルが高くなりがちであること。第二世代が走るコースは創業者が走ったコースと同じではありません。しかし創業者はどうしても自分自身を基準として「継ぐ人」への期待を高めてしまいがちです。創業者だけでなく「継ぐ人」もここでの期待と現実のギャップに苦しむのです。また、親から見れば、いくつになっても子供は子供であるという不変の真理(笑)により、創業者の目には、「継ぐ人」が実像以下に小さく映ってしまうのです。

三つめは、創業者にとって退くことは至難の技であること。創業者と彼がつくりあげた会社は一心同体のようなものです。創業者にライト当てて、スクリーンに映る影が会社であるかのように。いくら頭ではわかっていても、自分の会社から退くことは身を切られるように辛いのです。ですので、第二世代へ経営を移譲した後でも、ついつい口出ししてしまい、「継ぐ人」を苦しめてしまいます。理性ではなく感情の問題なので、ここでの処方箋をつくることは本当に難しいものです。

第二世代から第三世代へ

第二世代は「継ぐ人」としての苦労を経験しているので、自分を引き継ぐ第三世代への理解があり、そのため親子間の対立によって事業承継が難航することは少ないと言えます。

この段階での難しさは、第三世代の社内での正統性(政治学でいうところの legitimacy )を固めることにあります。それなりに社内人材が育ってきているからです。

このため、第二世代から第三世代への事業承継は長期戦になります。第三世代の「継ぐ人」が生まれたときから事業承継プロセスが始まると言っても言い過ぎではありません。

付言しますと、この正統性の問題はもちろん第二世代の場合にもあります。しかし、第三世代の場合ほど深刻ではありません。第二世代を後継指名するのは、社内で絶大な権威を有する創業者だからです。

 

第5節 あるべき事業承継

前節で事業承継は駅伝であると申し上げました。とすると、襷(たすき)に相当するのは何でしょうか?

世間一般がファミリービジネスの事業承継に対して抱いているイメージは、「先代の事業をそのままきっちり承継する」というものでしょう。「襷=家業」と考えるわけですが、これは大間違いです。

「伝統型」の中でも10代以上続いている堂々たる老舗の経営者の方々は、みなさん「先代と同じことをやっていたら、つぶれてしまいます。」とおっしゃいます。ひとりの例外もありません。ではみなさん、何を承継されておられるのでしょうか。

それは、創業理念です。代々の当主は、自分を取り巻く事業環境の下で、創業理念をどのように事業に活かせばよいのか知恵を絞っておられます。「新興型」の場合、いきなり「飛び地」に進出してしまうことがあるのですが、「伝統型」では稀です。伝統型は事業の土俵をずらします。成長よりも存続に重きを置くが故に、なおさらそうなるのかもしれません。

老舗の創業理念というと「家訓」を思い浮かべられる方も多いのではないでしょうか。しかし面白いことに、「伝統型」の多くの場合、家訓はどちらかというと社員向けであったりします。当主が抱いている創業理念とは、案外と言語化されていない、「これがうちの仕事」という感覚のようなものです。信念といっても良いかもしれません。逆にいうと、そこまで創業理念が骨身に沁みていないと、老舗として長く続けることはできないのかもしれません。

たいへん逆説的に聞こえるかもしれませんが、事業承継という駅伝の襷は事業ではなく、創業理念です。そういう意味では、「理念承継」と呼んでも良いのかもしれません。

私が考える「あるべき事業承継」とは、事業環境が変化する中で、それぞれの世代が創業理念にふさわしい事業形態を具現化して繋いでいく、というものです。発展させなければ意義はありません。事業が傾いてもいいから息子に継がせたいというのは、単なる世代交代にすぎないと私は考えています。

この記事を書いた人

アバター画像

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

詳しいプロフィールはこちら