事業承継講座(4):後継者の選び方(中編)

前回、原則として後継者は長子とすべきであると申し上げました。

長子=長男である場合、家訓などでそのように定まっている場合も多いかと思います。なにを今さら、という感じですよね。しかし、長子=長女である場合はどうでしょう。第二子が長男であるとすれば、姉である長女をさしおいて長男を後継者として指名するのでしょうか?

私は、これからの時代は長子=長女であっても、後継者にすべきであると考えています。今回はこのあたりについてご説明させていただきます。

婿養子の是非

子供が女の子ばかりであった場合、船場に代表される大阪の商家では、長女と優秀な奉公人とを結婚させることで事業の承継をはかっていたことが知られています。嫡男がボンクラであった場合も同様。 直系男子で承継することに必ずしもこだわらなかったわけですね。(そのうほうが業績が良くなるという研究もあったような記憶があります。)

現代ではさすがに従業員と長女を結婚させる話を聞くことは稀ですが、後継者として婿養子を迎える事例はけっこうありますよね。実際、「うちは娘ばかりで、婿養子を迎える以外ないかと思うけどどうでしょうか?」というご相談をいただきます。

しかし。あたりまえですが、この方法にはリスクがあります。お婿さんが経営能力に恵まれている保証が無いからです。

船場のケースは、少年時代に丁稚としてスタートし番頭に昇格していくまでの逐一を、主人が見極めた上での婿養子です。お婿さんに選定された時点で、既にその業に通暁していることはいうまでもありません。

現代の婿養子さんの場合、経営能力が未知数であることに加えて、結婚(そして、その結果である事業承継)を意識するまでは、事業内容についての知識が無いということになります。船場の話とは大違いです。

もちろん、成功されている婿養子さん(あるいは長女の結婚相手)は今でもたくさんおられます。そういう場合には、やはり工夫が見受けられるようです。結婚後、一定の時間を置いて人物を見定めるとか、あるいはMBAを取りに行かせるとか。いうまでもなく、いちばんたいせつなのは事業を承継する覚悟であるわけですが。

おわかりいただいているとは思いますが、私は長子である長女の結婚相手を後継者に定めることに反対しているのではありません。これはこれで有効な方法ですし、成功例もたくさんありますので。

ただ私が申し上げたいのは、最初から婿養子方式に決めこんでしまう必要はないのではないですか、ということなのです。

 

長子=長女を後継者にするという選択肢

これからの世の中、長子=長女の場合であっても、最初から後継者として育てればよいのではと私は考えております。

それにつけて思い出されるのは大塚家具の事例です。ちょっと振り返ってみましょうか。(大塚家具はファミリービジネスについて考える上で、論点の宝庫のような存在ですので、いずれ番外編で詳しく論じたいと思っています。)

大塚家具の場合、長子は長女である久美子さん。「家具屋姫」として注目された方ですね。

久美子さんは幼いころから優秀で、春日部から越境入学で名門・番町小学校に通い、白百合へ進学。お嬢様学校に飽き足らなかったのか、一橋大に現役で合格。ゼミは塩野谷先生とのことですから、大学でも優秀だったのでしょう。卒業後は富士銀行へ。

一方、弟さん(勝之さん)は学校のお勉強ではお姉さんにはまったく及ばなかったようで、、名古屋の美大を出てまっすぐ大塚家具へ就職しています。

とびきり優秀な長子(長女)と、(学校の成績では)平凡な次子(長男)。でも創業者が後継者として定めたのは長男でした。株式も早くから長男に集中していたようです。

大塚家具事件を考えるに際しては、「家具」を心から愛し、自らの能力(とこれまでの努力)を自負する久美子さんが、大塚家具の将来に大きな問題意識を持ちながらも後継者に指名されなかったことに対して抱いたであろう鬱屈した思いが、その底辺にあることを忘れてはなりません。

父娘があそこまで深刻に対立するに至った要因はいくつかあるのですが、いちばん大きい要因は、創業者が長男から長女に乗り換えるという判断ミスを犯したことです。急流を渡る途中で馬を替えるべきでないのはいうまでもありません。

それはそれとして、最初から長子である久美子さんを後継者と定めていたら、ずいぶん展開は異なっていたはずです。(もちろん、現在同社が直面している経営危機を回避することができたかどうかは別の話ですよ。)

 

まず、お嬢さんの話を聞きましょう。

「娘しかいないので、どうしようかと思っているのだけど」というご相談は、年に2〜3回は頂戴します。

「お嬢さんは何とおっしゃっているんですか?」とお尋ねすると、「いや、まだ話していないんです。継いでくれないような気がするんですが…」というお答えが多いことには驚きます。

私に相談する前に、お嬢さんの話を聞きましょう。すべてはそれからです。

 

さて、次回(後編)では、長子を後継者としない場合について、私の考えを申し上げる予定です。ご期待ください。

 

 

この記事を書いた人

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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