アンサンブルは足し算ではなく掛け算であることを、とんでもない高みで体験した上野の夜〜矢部達哉さんと都響メンバーによる室内楽

東京都交響楽団のソロ・コンサートマスターである矢部達哉さんといえば、日本を代表するコンマスであるだけでなく、以前に文藝春秋が「日本の将来のリーダー100人」という特集を組んだときに、クラシック音楽界を代表してノミネートされていた名手です。その矢部さんが中心となる室内楽のコンサートがあると知り、ふだん弦を聴くことの少ない私も、東京文化会館小ホールへ。

メンバーは、矢部さん、村田さん(ヴィオラ)の2人は固定。あとは奏者が入れ替わります。

曲目はいずれも珠玉の名品と言うべき3曲。矢部さんと親交のある畏友M井さんから、「すごく練習されたらしいですよ。」と伺っていたので、ワクワクしながら開演を待ちました。もちろん満席。

 

モーツアルト: フルート四重奏曲第1番 K285

矢部さん、フルートの小池さん、チェロの森山さん、ヴィオラ村田さん。

通常、この曲の演奏は、フルートがプリマドンナのように歌い、あとの3人が伴奏するというもの。でも、この日は違いました。 弦楽四重奏曲のヴァイオリンのパートのひとつを、フルートが吹いているという趣きだったのです。

ほんとうはフルートが第1ヴァイオリンの役割を果たすのかもしれませんが、矢部さんが素晴らしいリードをされるので、あたかもフルートが第2ヴァイオリンのように聴こえるのです。それが変だ、と言っているのではありませんよ。私はたいへん面白く聴きました。フルートの小池さんも、美しい音色でした。

 

ブラームス: クラリネット五重奏曲 op.115

ここで第2ヴァイオリンの双紙さん(首席)、クラリネットの三界さん(首席)が登場。チェロは清水さんに交代。

密度の濃い、重心の低い演奏。嗚呼、ブラームス!

この曲を聴くと、ブラームスがいかにクラリネットという楽器を愛していたのか、よくわかります。そのクラリネットの魅力と機能性、運動能力を最大限に発揮させるこの曲を、完璧に吹いた三界さん、ブラヴォーでした。

休憩時間に、オーボエ吹きの知人にばったりお会いしたのですが、期せずして、「この曲、こんなに重かったのね」と感想が一致しました。

 

シューベルト: 弦楽五重奏曲 D956

チェロの森山さんが加わります。そう、この曲はチェロ2本での五重奏曲。コントラバスではなく、チェロを足したところが、この曲のミソですね。

発音原理の異なる管楽器がいなくなって弦だけになり、演奏の緻密さが一段と上がった感がありました。矢部さん、入神のリードでした。それに合わせて他の4人が一心に弾いて、すごい仕上がりになりました。いやいや、たいへんなものを聴かせていただきました。

第二楽章で矢部さんの投げかけに第二チェロが応答するかのようなところがあるのですけれど、ここは森山さんがもうちょっと個性を出してよかったかなと思いました。が、これだけキャリア差があると仕方ないのかもしれませんね。

この演奏の前々日にカンブルランが振った「グレの歌」を聴いたのですが、こうしてみるとシェーンベルクは「ヴィーンの音楽」としてシューベルトの延長線上にあるのですね。そんな気が、すごく、しました。

 

アンサンブルは足し算でなくて掛け算

合わせることが目的なのではなくて、各々のパートで互いに聴き合い、掛け算で素晴らしい演奏になってこそ、アンサンブルなのでということがよくわかりました。それも、とんでもなく高いレベルで。

あと感じたのは、この演奏会は矢部さんにとって後進を教育する機会だったのだな、ということ。それがわかっているからこそ、小池さん、森山さん、清水さん、村田さんが全力で応え、終演後の皆さんのすばらしく素敵な笑顔として実を結んだのでしょう。

こんな演奏、なかなか聴けるものではありません。 その場に居合わせて、ラッキーでした。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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