歩いて、歩いて、まだ歩く(2):湯島→開成学園(@西日暮里)

今日は18:30から開成会(開成のOB会)の年度幹事会の予定がありました。仕事の予定は17時までなので、さて、どこを歩こうか。天気が良ければ神保町から歩くことを考えていたのですが、やや小雨混じりということでルートを短縮して、千代田線の湯島駅から歩くことにしました。

湯島→根津→谷中→西日暮里という歩きになるのですが、考えてみれば中学から大学までこのあたりをウロウロしていたことになります。とはいえそれも30年以上昔の話。最近の街の変化を楽しみつつ歩くことに。

湯島駅の1番出口から上がると、ちょうど不忍池の正面。周囲に高いビルがチラホラと見えますが、基本的には昔と変わらない景色です。

池越しに眺める上野精養軒と、緑の屋根の建物は弁天堂。これもずっと変わらない眺めですね。

不忍池では、なぜか古いボートを半分沈めてブイの代わりにしておりました。ボートで岸に近づきすぎて座礁しないようにとの配慮なんでしょうか。美的には感心できませんが。

湯島から開成への一番素直なルートは、不忍通をずっと北上したあと、道灌山通を右折するという味も素っ気もないもの。土地勘のある私としては、当然、裏道を歩きます。まず、上野動物園の西側の壁に沿って不忍通を北上。

実は上野動物園には、こっち側にも入り口があるんですよね。このあたりの地名は「池の端」。笑点でおなじみの幸楽師匠のお宅はこの近くでしたっけ?

さて、動物園を過ぎたら、北東に入ります。ここは森鴎外の家があった場所なんですけど、今はこんなホテルが。

10メートルくらい戻って、細い路地に。自転車でもしんどい道の狭さ。路地の真ん中に井戸があったりしますからね。

第二次大戦後に東大を接収して司令部に使う予定であったアメリカ軍は、そのため本郷、根津、谷中のエリアを爆撃しませんでした。このあたりは関東大震災でも火災の難を逃れたため、戊辰戦争での上野寛永寺からの延焼が最後だということになります。なので、いまでもめちゃくちゃに狭い道が残っているのです。

北上を続けて言問通を渡ると、お寺が密集するエリアに入ります。あらゆる宗派のお寺が並んでいるという感じです。立派なお寺もあれば、ちょっとどうかなと思うお寺もあり… あとは石屋さんも多いですね。谷中の墓地が近いので。

5分ほど進むと三崎坂の上に出ます。これを下ると団子坂下。坂の途中には、この周囲でおそらく最も有名なお寺である、全生庵があります。山岡鉄舟と圓朝が眠るお寺です。ここは円山応挙をはじめとする幽霊の日本画のコレクションで有名。毎年、お盆の時期だけ、特別公開されます。

坂を下り切らずに、右折し、5分ほど進むと「夜店通り」の入り口に。

私が高校生のころ、夏の夕方には浴衣を着たご隠居が縁台で将棋を指していたりした風情のある場所でしたけど、いまは「谷根千ブーム」ということで外国人観光客のためのインフォメーションセンターまであります。

しばらく進むと、右から谷中銀座通が下って来るのにクロスします。右に曲がって坂を登れば日暮里駅ですが、私はそのまま夜店通りを直進。

しばらくすると道灌山通に当たって、そこが夜店通りの終点です。

右折して西日暮里駅へ向かうと、左手にわが母校が見えてきます。いまは新校舎の建設中。

ここまで、まわり道をしているので45分ほどかかりました。帰宅して歩数計を見たら、今日は9,462歩、7.28キロでした。雨だったので仕方ないですね。

この記事を書いた人

元永 徹司

元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して12周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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