やはり素晴らしかったカーチュン・ウォン:日本フィルハーモニー交響楽団第728回東京定期演奏会

現在、世界で将来を嘱目されている指揮者の一人であるカーチュン・ウォン。奥様が日本人ということで、この時期に日本に滞在してくれていて、今回の日フィル、来週(13日)の東響、4月の読響にいずれも代役として登場することに。

私は以前から彼に注目していて、遠路京都まで聴きに出かけたりしていたので、この代役登壇ラッシュは嬉しい限り。今日も嬉々としてサントリーホールへと向かいました。

曲目は、前半にショスタコーヴィッチの室内交響曲(バルシャイ編)、リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲(ソロは杉原さん)。後半はベートーヴェンの交響曲第6番。本来ならリヒャルト・シュトラウスのティルが冒頭に来るはずだったのが、ショスタコーヴィッチに差し替えとなりました。

ショスタコーヴィッチの室内交響曲(バルシャイ編)

弦楽四重奏曲をベースに作曲されたもので、弦5部のみによる演奏。日フィルの弦セクションは暖かみのある音色が特徴なので、暗く厳しいショスタコーヴィッチのこの曲にはどうかなあと、ちょっと私は危惧しておりました。例えば都響のような硬質な響きが必要なのではと。が、全くの杞憂でした。素晴らしく繊細で、緻密なアンサンブル。カーチュン、やはり只者ではありませんね。そしてよく考えてみれば、巨匠ラザレフの薫陶のおかげで、在京オケの中で最もロシア作品を演奏しているのは日フィルなのですよね。

リヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼンを連想させるような仕上がりでした。よかったです。

リヒャルト・シュトラウス:オーボエ協奏曲

実はこの日、鎌倉で東響をバックに吉井瑞穂さんもこの曲を演奏しておられました。でも私は日フィルを選択。結果、こちらもたいへん素晴らしかったので後悔なし。

この前にこの曲を聴いたのは2019年11月。オーボエは東響首席の荒さんで、指揮はジョナサン・ノットでした。このときはノットが設定したテンポが速く、この曲の芳醇さに欠ける感のある演奏となってしまい、残念でした。

今回はオーボエが存分に歌うことができるテンポ設定で、「そう、このテンポじゃないとね!」と膝を打つ思い。杉原さん(日フィル首席)も朗々と歌い、速いパッセージでの技巧も冴えて、実にお見事でした。

加えて素晴らしかったのは、カーチュンの伴奏。実に細やかなサポートに感心しました。単にぴったり伴奏するというだけではもちろんなくて、「薔薇の騎士」を連想させる響きを引き出したのはさすがでした。

ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

これは大変な名演であったと思います。プログラムの解説によれば、カーチュンはクルト・マズアの愛弟子とのことですが、あのセピア色の演奏とは真逆の、清新な演奏でした。木管楽器の長い伸ばしの扱い方を聴いていて思い出したのはエサ=ペッカ・サロネンのフィルハーモニアとの演奏。カーチュンはサロネンに兄事しているという話を聞いたことがあるのですが、さもありなんという感がありました。

弦楽器は10型であったのに加えて、カーチュンが音を絞るので、木管楽器の動きがとても良く聴こえます。弦に対抗して大きな音を出すのではなく、「いい音」が出る音量で吹けるので、結果としてとても表情豊かになるのです。これは凡百の指揮者には出来ない技です。

あと私がカーチュンに好感を持つ理由は、クライマックスを大事にするところですね。このあいだ聴いた川瀬さんや田中祐子さんあたりの若手だと、ひとつの楽章に一体いくつクライマックスがあるの?と問いたくなるほどにオケを頻繁に噴き上げさせてしまうのですよね。そうするとメリハリを付けているつもりでも、単調になってしまうのです。カーチュンは流石でした。オケが全開したのは一箇所だけ。これでこそクライマックス。

オケについて

木管のトップは敬称略で、フルート真鍋、クラリネット伊藤、ファゴット鈴木。みなさんお見事。とくにシュトラウスでのサポートには愛情が感じられました。イングリッシュホルンの佐竹さんも良かった。弦で光ったのはヴィオラのゲスト首席の安達さん。Brava でした。あと、田園の第三楽章でのファゴット2番の大内さんの音はとても良かった。そうそう、ホルンの首席に昇格した信末さんもお見事。

そしてカーチュン

あらためて私はこの指揮者が好きであるということを確認しました。たいへんな才能の持ち主です。これからが楽しみ。日フィルとは12月にマーラーの5番が控えています。今から期待大です。

日フィルが持てる力を存分に発揮した、素晴らしい演奏会でした。

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元永 徹司

ファミリービジネスの経営を専門とするコンサルタント。ボストン・コンサルティング・グループに在籍していたころから強い関心を抱いていた「事業承継」をライフワークと定め、株式会社イクティスを開業して17周年を迎えました。一般社団法人ファミリービジネス研究所の代表理事でもあります。

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